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西日暮里の名前の由来

埼玉や福島など、川を伝って東京から北にある都市から物流の中心として栄えたのが荒川区です。そんな荒川区の一角で、長年物流を行うために出向いてきた人たちの憩いの場として西日暮里があります。西に日が暮れる里と書かれるこの地名の歴史というのは、元々物流の中心だった時の江戸時代の時には西日暮里という名前ではなく新堀村という名前だったのです。そんな新堀村が西日暮里に改名する云われになったのは、西日暮里に限らず東京の多くは起伏の大きい坂が沢山ある場所になっています。この新堀村があった地点というのは、その起伏の大きい坂の頂点に近い位置に存在していたため下に見る自然豊かな光景が見える景勝地として有名だったのです。その上から下に見える景勝地だった新堀町で、一番きれいな情景が見られる時間帯だったのが夕刻の時刻になります。オレンジ色に変化した太陽の光が、下に見える自然の草木にあたることできれいな光景が広がっていたのです。そして時代が進んで大正時代になった時に、東京では分割していた村をまとめることで区として数えるようになります。その区として数える際に新堀村も影響を受けることになり、新堀村と周辺の村が区として合併する際に新しい名前になる必要が生まれたのです。その時の公募で、新堀村はかつて西に沈む際にオレンジ色に変化する光景がきれいだったことから別名西に日が暮れる里と言われていたので新しい街にふさわしいと西日暮里になったというわけです。

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